『こけし手帖』平成20年5月号 568号より
皆様の中でこけしに癒されたことのない方はいないだろう。最近のこけしは木地の仕上げも描彩も入念にできている。ある意味上手すぎて味わいに欠けるものが多い。
心休まるこけしとして、まず私の頭に浮かんだのは高橋定助の一連のこけしであった。そこで、今日は定助のこけしを見て頂くことにする。
手がかりとして(辞典)の高橋定助の項を引いてみた。早くからこけしを作ったが、はっきりしているのは昭和19年1月鹿間氏訪問による自挽きの2本とあり、その時の1本が写真紹介されている。さて、もう1本はどんなものか興味を持ち、(こけし・人・風土)をめぐってみたところ、第97図に(辞典)と違うこけしがあった。
膨大な収集量を誇る鈴木鼓童コレクションの図緑(愛玩鼓楽)にもなかったので、これ以上溯れないと思いつつ、植木氏の〈愛こけし〉で昭和15年作というこけしを発見した。
再び(辞典)によれば昭和28年に大沼新兵衛の木地に描いたのが始まりで、斉司、誓、力、俊雄などの
木地に描いたというこ。とで、戦後は全て他人木地であった。昭和41年10月7日老衰のため死去。94歳。
写真は、86歳作。この頃のものは目も眉も上向き加減で、戦前作に近い。
写真△留γ爾麓命燭虜突箸任后1Δら2本目89歳作。3本目91歳作。定助のこけしは、(美と系譜)や(愛こけし)に数多く写真紹介されている。さらさらと写生風で、楽しめるこけし達である。以上。
「例会ギャラリー」こけし友の会・小川一雄氏著より