Quantcast
Channel: こけしおばちゃん
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1909

新しい収集家に望むこと ②

$
0
0

 また昔の話を出すが、かつては「旧型(伝統)こけしこそ、こけしであって新型こけしはこけし人形と言い、我々はこれを厳しく区別している」と書いたり言ったりした人が多く居た。欺くいう筆者もその一人であり、人の事は言えないのだが。
 最近このような暴言は影を潜めたが、職業選択の自由であり、どんなこけしや人形を作ろうとその作者の表現の自由であって、公平・平等・自由の原則が守られずに物事や論が進むとえらい事になる。筆者もその事を思うと、文を書くというのは慎重にならざるを得ない。かつて筆者も若い時分、本誌に若さにかまけて、血の気の多い文章を投稿したものだが、あれでよかったのかどうか、間違ったことを得意になって書いたのではないかと自省の念に囚われているのも確かで、文章にすることにあのらためて重味、責任を感じている。
 さて、一般論みたいなことをだらだらと述べて来たが、折角若い人がこけし収集の道に入って来られたのだから、我々先陣の収集家も工人さんもこれらの人達が収集をこれからも長く続けてこけし人口を減らさないことを願う。聞くところによれば友の会々員が400名を割り込むところ迄、追い込まれた時期もあったそうで、当時の会長さんも自分の代で会をつぶしてはならぬと必死の思いであったと思う。
 話は前に戻るが、いわゆる「可愛いこけし」についてであるが、筆者の入会した頃の動機と今の若い人の入会動機が少し違うと先に書いたが、今は分母を増やす時代(会員を増やす時代)で、それはそれで良しとすべきだが、収集を始めた動機「可愛いこけし」を求めて始めたその気持ちがこれからも続くかどうか、これらの人が新型こけしも収集しているかどうか不明だが、入会してくるからには旧型こけしの良さは認めていると思う。収集家が可愛いこけしを求めるからには、工人側も収集家の意に沿ったこけしを作るのは、人情として当然で、可愛いこけしが主流になると、我々が「良し」とかんじた伝統性が希薄になって行くのは当然で本当の意味での伝統に立脚したこけしが無くなっていくとすれば、我々はその兆候を危惧するものである。時代に流れがあるのは認める。つづく。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 1909

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>