鳴子をあとに陸羽東線の車窓風景を楽しみながら新庄駅へ。ここからバスで一時間余り、現在でも草屋根家屋が残っている山間の村々を通って肘折温泉に行こう。
肘折温泉が近ずく最後の長い上り坂になると、もし天候に恵まれるなら、前方に月山の雄大な山容を望むことができるだろう。この坂道を登りきって広い台地を進むと道路右側に「歓迎・肘折温泉」と書いた巨大なこけし塔が近ずいてくる。
かつてバスがこの台地に来たとき、いよいよ肘折温泉に近ずいたことで、もうすぐの最後の下り坂では、肘折温泉を見下ろす美しい景色を見なければと、そしてまた肘折温泉のあの人、この人に会えるという。色々な期待感に胸膨らませながら、何時もの右側座席から景色を見ていると、突然この大きなこけし像が目に映りびっくりしたことがあった。手元の資料を調べると、これは昭和50年の秋のことで、こけし像の高さ7.5mと記録している。
しかし忘れもしないことは、その時、積雪の中に立つこのこけし像こそ、まさに肘折的と考えたことである。そしてその風景への旅は翌年の三月実行。(写真はその時のものではありません)
それでは肘折温泉をあとに、帰路は勿論往路と反対の左側座席で、このこけし像に別れを告げ新庄に戻ろう。昭和59年5月発行「こけし手帖」『ちょっと横道・こけし像巡り』深瀬 秀著より。
※ 肘折温泉は、ここ数年、日本一雪深いところと言われている温泉ですね。