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Channel: こけしおばちゃん
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こけしのある部屋

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 「池波正太郎さんをお訪ねして」昭和60年2月発行のこけし手帖より。
 12月某日、品川区荏原の住宅に御邪魔した。三階建てだが、玄関はしもた屋風で、下町の作家らしい風
情がただよっている。これだけの売れっ子作家が、下町情緒の漂っているこの界隈に住むのは、下町に生まれ、下町感覚、下町の手触りを愛し大切にしているからで、人柄である。六畳ほどの簡素な応接間に入ると、黒猫が三匹寝そべっていた。 やがて、身軽な恰好で出て来られた池波さんは、ごく自然な姿で座られた。真白な太い眉は、何処か剣の達人を思わせる風貌である。
 玄関の右側に、大きなこけしが四、五本並んでいる。黒ずんでいるが、二尺位の丑蔵らしいこけしがある。久太郎がある。
 「あの棚に、古いこけしが四,五十本ありますが、、、」「私が従兄から貰ったもんです。半分位ですが。」
 池波さんより10歳年長の従兄が、昭和20年に戦死し、その方のコレクションの一部を戦後に貰い受けたものという。土人形、玩具なども蒐集していたという。なかなかのコレクターだった様である。その後、池波さん自身東北に行った機会に、買い足したこけしもあるという。仙台の「玩愚庵」や黒石で、系統のことも何もわからず購入されたという。「20年以上も前ですから、昭和30年代でしたね」佐藤巳之助(尺、八寸)、盛秀太郎(尺五)、大野栄治(尺)など、謙遜される割にはこけしを見る眼は確かである。温海の阿部常吉、土湯の阿部広史は戦前のものだろう。「最近はこけしは全然買いません。高くなったし、顔のいい作品が少なくなっちゃったんでね」
 池波さんはまた、「食卓のつぶやき」「男の作法」なご、たくさんの酒脱な随筆も書いて居られるが、どれにもバランスのとれた、無理、無駄、無茶を排する態度がうかがえる。人生の達人らしい、てらいの無さ、そして昔の風合いを愛する心。古いこけしには、まさに池波さんを納得させる何物かがあるに違いないだろう。以上。 ※ 写真は我が家の玄関のこけし(弥治郎系・佐藤義明工人作)です。 

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